8月18日(土)晴
コンポンチャム → プノンペン
SS 23.32km, リエゾン 114.29km, 総計 137.59km
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。(The river never stops running, and the water is never the same as before.)。朝日を浴びるメコンの川面がコンポンチャムの街を黄金色に染め上げるころ、最終LEG6の戦いが幕を上げた。
オンロードのレースと違ってオフロードのラリーは千変万化の大自然が相手だ。現れる地形はひとつとして同じものはなく、変わりゆく天気はコースの難易度すら変えてしまう。
誰も知らない道だけに、前走車の轍は役に立つこともあれば迷いのきっかけになることもある。スタックの原因になることもある。同じ場所であっても時間とともに姿を変え、走る順番によって優劣も変わってしまう。それがラリーレイド。それがクロスカントリーラリーなのだ。
いったい誰がかの地へ雨を降らせたのか。いったい誰がボンネットまで迫り来る水の量を予想できたのか。高速ステージオンリーと言われてきたカンボジアセクションの予想を覆す主催者の狙いは明確だったが、彼らは天気まで操れるわけでもない。
4日目、大会史上最長とも噂されるウォーターベッドの出現で総合順位表に地殻変動が起きた。その結果に泣いた人と笑った人。果敢に挑戦して心を折られた人。涙を飲んで引き返した人。マシンと共に一夜を明かした人などなど。戸惑いに落胆、憤りに歓喜、そして達成感。この日、十人十色の喜怒哀楽が泉のように溢れ出していったが、その全てを飲み込みながら、ラリーは淡々と変わらず大河のように流れ続けていった。
ただひとつ、心に留めておきたいのは、二輪も四輪も来るべき人がトップで飛び込んで来たという事実。それを「運」とうらやむか人間力と見るか、あるいは総合力と表現するか、それは各人の自由だろう。ただ、二輪の池町(IKEMACHI)選手も四輪の Natthaphon / Peerapong 組もその走りは大胆にして繊細。大きなリスクに対峙した時、マシンを止め、ひと呼吸置いてから走り出す彼らがその瞬間何を考え、どう判断しているのか。どう攻めてどう守り、どう自分を律しているのか。その謎解きに至る道は長く、深く、そしてラリーストにとって何よりも魅力的であるに違いない。
さあ、泣いても笑っても今日が最終日。SSは23kmと短いが、ラリーは最終目的地、首都プノンペンへ到達する。果たして筋書きのないドラマに最後の波乱は用意されているのか? LEG6は静かにスタートした。
二輪選手へのインタビューによれば、この日のSSは地形もコマ図もさほど難度が高くないサービスステージ。カンボジア南部の大規模田園地帯に特有の「一直線のあぜ道を直角コーナーで繋いでいく」ルートを20分~30分ほど走ればゴールにたどり着いたという。
一昨日の「ウォーターベッドの戦い」で後続に13分以上のアドバンテージを獲得した♯2 池町(IKEMACHI)選手(日本・KTM EXC-R)は、この日も2番手 ♯10 Koun PHANDARA 選手(カンボジア・KTM 450EXL)の動きを見ながら無理せずステディなレース運び。8分差を残して3年ぶりの優勝をもぎ取った。
この2年間、池町(IKEMACHI)選手は成長著しい東南アジアのライダーに徹底的にマークされ、序盤でついたタイム差を広げることも縮めることもできず2位に甘んじてきた。が、今年も序盤でミスをしてしまった彼に、勝利の女神は一度だけチャンスを与えていた。運命のあの日、序盤に首位に立った彼は、後続に轍を見せぬまま独走してしまったのだ。理由は単純。ウォーターベッドの水が彼の後ろで茶褐色に染まり、轍を消し去っていたからだ。これまでは彼の轍=安全なラインだったのだが、それがコース上から綺麗になくなってしまっていた。この機を逃さず、プッシュしながら慎重にミスなく走ったタクティカルな走りが、彼を再びチャンピオンの座に導いた。
なお、この日のデイリートップは チーム FB International の♯3 江連(EZURE)選手(日本・ヤマハ YZ450FX)。アジアクロスカントリーラリーの仲間内で男女問わず誰に聞いてもファンの多い、ストイックで逞しいハンサムボーイはここ一番の速さを魅せてくれた。
2位は 同じくFB International の ♯5 Sumaetee TRAKULCHAI 選手(タイ・ハスクバーナ FX350)、3位は CAMBODIA DARAMOTORCYCLE TOP1 OIL の ♯10 Koun PHANDARA(カンボジア・KTM 450EXL)となった。
これにより確定した総合順位の上位6台は以下のとおり。また、チームアワードは FB International が優勝となった。
1位: FB International
♯2 Yoshio IKEMACHI 選手(日本・KTM EXC-R)
♯3 Tadao EZURE(日本・ヤマハ YZ450FX)
♯5 Sumaetee TRAKULCHAI(タイ・ハスクバーナ FX350)
2位: CAMBODIA DARAMOTORCYCLE TOP1 OIL
♯10 Koun PHANDARA(カンボジア・KTM 450EXL)
♯21 Daravuth CHAN(カンボジア・スズキ RMX450Z)
♯16 Daniel HALL(オーストラリア・HUSQVARNA FE501)
3位: etenoir Team A
♯19 Tomomasa KIMURA(日本・ヤマハ WR450F)
♯8 Shimpei SAKKA(日本・KTM 500EXC)
♯7 Taketsugu SAKAMOTO(日本・KTM EXC-F250)
なお、日本からサイドカーで出場していた Rising Sun Racing with URAL MOTORCYCLES の ♯66 Watanabe / Ozeki 組と ♯67 Iwamoto / Kobayashi 組 も無事完走を果たし、フィニッシュセレモニーの舞台に元気な姿で現れた。ウラルは元々軍用車とはいえ、アジアクロスカントリーラリーの路面は相当に過酷だったらしく、今年もさまざまなトラブルを克服しながらの走行。ゴールの喜びもひとしおだったらしい。ちなみに今年ドライバーで出場した 渡辺正人選手 と 岩本徹男選手は昨年、それぞれドライバー と パッセンジャーとしてタッグを組んで出場した仲だ。今年は2倍の台数になったわけだが、あと1台増えれば今年のジムニーのようにクラス設定も可能だ。来年はさらなる台数アップを期待したい。
四輪はコース上の轍に深い溝があり、ここで中盤のマシンがスタック。それ以降のマシンも玉突き状にストップしたが、リカバリーも早く大きな順位変動はなかった。ここでトップタイムを記録したのは Sakaew King Off Road Isuzu Team の ♯106 Paitoon / Noichad 組(タイ・イスズ D-Max)。
2番手にはフラットダートでここ一番の速さを見せていた日本の ♯121 Konishi / Ofuji 組(イスズ D-Max)がつけた。
続く3番手は Toyota Cross Country Team Thailand の ♯114 Mana / Kittisak 組(タイ・トヨタ HILUX Revo)。チャンピオンの Natthaphon 選手は余裕の走りで4位。5位には後半戦好調の TEAM JAOS ♯107 NOTO / TANAKA 組(日本・トヨタ HILUX Revo)が、6位は♯109 Jeerasak / Arkarachat / Somkiat 組(タイ・日産 Navara )となった。
総合トップはもちろん Isuzu The Land Transport Association of Thailand チームの ♯101 Natthaphon / Peerapong 組(T1Dクラス)。これで、2013年大会から6年連続優勝という 前人未到の偉業を成し遂げている。同チームは総合3位と4位にもそれぞれ ♯108 Sirichai / Prakob 組(T2Dクラス)、♯105 Wongwirot / Thanyapat 組 (T1Dクラス)が入賞し、総合優勝のほか改造無制限のT1ディーゼルクラス および 市販車部門のT2ディーゼルクラスでも優勝、さらにはチームアワードでも優勝を飾るという四冠を達成してみせた。
チームアワード1位: Isuzu The Land Transport Association of Thailand
♯101 Natthaphon ANGRITTHANON / Peerapong SOMBUTWONG 組(タイ・イスズ D-MAX)
♯108 Sirichai SRICHAROENSILP / Prakob CHAWTHALE 組(タイ・イスズ D-MAX)
♯105 Wongwirot PALAWAT / Thanyapat MEENIL 組(タイ・イスズ D-MAX)
2位は三菱トライトンを駆る Sakaew King Off Road Isuzu Team の ♯112 Chamnan / Chonlanat 組。やや古いマシンながら安定した速さを見せたものの、総合タイムでは Natthaphon 選手とは1時間8分の差。ここで僅差のバトルが繰り広げられていたわけではなかった。
チームアワード2位: Sakaew King Off Road Isuzu Team
♯112 Chamnan ON-SRI / Chonlanat PHOPHIPAD 組(タイ・三菱トライトン)
♯106 Paitoon THAMMASIRIKUL / Somkiat NOICHAD 組(タイ・イスズ D-Max)
♯103 Wichawat CHOTIRAVEE / Prakai NAMJAITHAHAN 組(タイ・イスズ D-MAX)
では今年、誰が Natthaphon 選手 のライバルだったのか? といえば、それはやはり Toyota Cross Country Team Thailand 率いる2台の HILUX Revo だったといえるだろう。特に ♯114 の Mana / Kittisak 組は LEG1でチャンピオンから3分差、LEG2で9分差、合計12分差と食らいつき、ワンミスで順位を入れ替えられるだけのポジションにつけていた。だが、魔のLEG4で1時間40分の大差をつけられ勝負が確定。♯102 Jaras / Chupong 組もLEG4の水没スタックが原因でLEG5にエンジンを壊し、戦列から離れることを余儀なくされてしまった。そのLEG5で ♯114 の Mana / Kittisak 組 は Natthaphon 選手と2分差のバトルを繰り広げ、LEG6ではタイム差を20秒縮めたものの時すでに遅く総合5位のリザルト。イスズとトヨタの戦いは今年もイスズに軍配が上がることとなった。
ちなみに Natthaphon 選手の優勝がほぼ確定し、流し運転モードに入っていたLEG6を除き、PCストップによって分割されたSSの7区間で Natthaphon 選手がトップを明け渡したのは1区間のみ。魔のSS4では2位とのタイム差が10パーセント以上というアナザープラネットぶりを見せつけたが、ミスなく安定して常に速いのがディフェンディングチャンピオンの強みだと言えるだろう。ただし、♯114 の Mana / Kittisak 組、♯112 Chamnan / Chonlanat 組、そして♯123 の HANAWA / SOMEMIYA 組 の3台は1区間だけとはいえ Natthaphon 選手 を上回る走りを見せており、マシンとドライバー、ナビゲーターとサービス体制といったチーム力の育て方次第ではチャンピオンを脅かす存在になりうることも見て取れた。
なお、総合6位は ♯111 Sinoppong / Pittiphon 組、7位には日産ナバラの ♯109 Jeerasak / Arkarachat / Somkiat 組がつけた。
そして総合8位はT1ガソリンクラス優勝が嬉しい KARACambodia の タコマ ♯119 SITTHIKUN / TECHLENG / SOCHEATA 組。地元カンボジアチームの躍進とあって、フィニッシュセレモニーでも一段と大きな声援を受けていた。
9位に日本から参戦のジムニー ♯110 TAKENO / MICHIHATA 組 がつけた。LEG1はナビゲーターの熱中症でSS中に一時走行不能、LEG2はラテラルロッドの破断でSS中に一時操縦不能など、前半戦は深刻なトラブルに遭っていたイメージがあったが、終わってみれば全てのLEGでペナルティーなしの堅実さ。小排気量だけに決して速い走りではないが、LEG4のウォーターベッドも車重の軽さで乗り切り、これぞジムニー!というお手本のような走りで日本チームトップ、T1ガソリンクラス2位、ジムニークラス1位の成績に。♯126 の MORITA / SAWADA 組 と併せ、チームアワード3位の表彰を受けていた。
チームアワード3位: Garage Monchi
♯110 Satoshi TAKENO / Masahiro MICHIHATA 組(日本・スズキ Jimny)
♯126 Shinichi MORITA / Ken SAWADA 組(日本・スズキ Jimny)
10位には初日に23位まで後退したTEAM JAOS の ♯107 NOTO / TANAKA 組(日本・トヨタ HILUX Revo)がつけた。この日彼らはいきなり左後輪のハブボルトが6本とも折れ、3輪走行になってSSのマキシマムタイムをオーバーしただけではなく、プラスαで4時間近いペナルティーを加算され、初日にしてトップグループから6時間半近いビハインドを背負ってしまっていた。ところがLEG4の激震で26台中16台がペナルティーを食らう中、彼らの HILUX は3位の好タイムでフィニッシュ。LEG1を除けば、LEG2が5位、LEG4が3位、LEG5が9位、LEG6が5位と好タイムを記録し続ける彼らが、ペナルティという足枷をはいているチームの中でトップに躍り出るのはむしろ当然のこと。タラレバで考えれば総合3位近い順位が計算できるのだが、それはトラブルやミスで夢を打ち砕かれた全ての上位チームにいえることだろう。何が起こるか蓋を開けて見なければわからないのがクロスカントリーラリーの世界なのだ。
なお、日本の俳優 哀川翔 率いる FLEX SHOW AIKAWA Racing のプラドはT1ガソリンクラスとはいえ、内外装やサスの仕様を含め、市販車に近いカスタマイズにカメラマンを含む3人乗車というスペックで15位完走とよく健闘した。「あくまで完走が目的」と言い切り、マシンをいたわりながら走る彼らの挑戦は「いつかはアジアXCラリー」と夢を見る一般ユーザーにとっても頼もしく、そして親しみを覚えるものだろう。来年もぜひ参戦していただきたい選手のひとりだ。